2010年11月5日(金)
昨夜も何時までしゃべったのか、どんな話で終わってしまったのか、いつの間にか寝てしまっていた。しかし朝は普段通りに起きた。
ホテルで朝食を食べる。ゆっくり朝からコーヒーが飲めるのは幸せである。ましてやバリ島という空気の中でのコーヒーは格別。
友達もゆったり過ごしてくれてそうで、なによりだ。
今日は朝からレンタカーを借りて、キンタマーニまで行き、ウブドで昼食とショッピングをする予定。(は未定)
午前9時にホテルを出発。スミニャック周辺の天候は晴れ。キンタマーニでコーヒーを飲もうと車の中で盛り上がったのもつかの間、チュルク辺りで雨が降り始めた。友達は初バリなので、バリ雑貨を一通り紹介しておこうと、アシタバ工場に立ち寄った。新作も置かれていて、ゆっくり見るとほしい物ばかり。
ウブドは大雨。とりあえずライステラスを見て、キンタマーニまで行くことになった。そこでは雨は降っていなかったが、霧で視界はゼロ。結局、物売りのおばさん達に囲まれただけで、直ぐに引き返した。
キンタマーニまでの行く道中は、バリの風景を見る事が出来たと友達は言ってくれた。まさに「ゲゲゲの鬼太郎の世界」だと。
ウブドはまだ雨が続くので、車から降りずにデンパサールへ直行戻ることにし、遅めの昼食。バリの代表的料理・バビグリンを初バリの友達に食べてもらいたいと思っていたので、デンパサールではおいしいと言われているレストランに行った。デンパサールのJl. Teuku Umar(テウク・ウマール通り)にある
Babi Guring Candraで、バビグリン・チャンプル(おかずのミックス)Rp.25,000を注文。友達にいろいろ説明しながら食べたが、あっという間に完食。友達は「北京ダックよりもおいしい」と言ってくれた。
昼食後は、最近バリ島のいたるところにできている大型土産物店に行った。Jl. Sunset(サンセット通り)にはたくさん立ち並んでいる。大型バスで続々お客が入ってくる。店の中は大量の雑貨・お土産物があり、値段も安い。まとめて買うには大変便利である。散々選んでやっと必要個数を購入。一度ホテルに帰って、荷物整理。
一休みを兼ねてホテルのスパへ。ヴィラ棟の1室をスパにしているので、隠れ家的な雰囲気で静か。(ホテルのロビーからプールサイドの脇を通って、ヴィラ棟へ。ほぼ突き当たりにスパがある。)前日に予約はしておいた。お勧めはバリニーズマッサージ(Rp.315,000+税サービス要)90分を受けた。全身マッサージ。友達は今夜飛行機に乗るので、その前に体がほぐれてよかったとのこと。ホテルの中のスパにしては値段は高くないと思った。
空港へ送る時間まで、ホテルのレストランでゆっくり夕食を食べることにした。毎週金曜日の夜はビュッフェディナー(BBQ Dinner, Rp150,000)なので、好きな物を好きなだけ食べれる。中でもお勧めはローストビーフのようだ。パスタもあった。バリ島はインターナショナル料理にはずれはない、と思った。友達に初バリの感想などを聞きながら、友達との最後の夕食をした。
飛行機のチェックイン時間に合わせて、タクシー(バリタクシーSeminyak-空港Rp.78,000)で空港まで送る。出発ロビーまで確実に友達を送り、空港の中へ入っていく友達の後ろ姿を見届けた。
とその時、出発ロビーに日本語のアナウンスが流れた。インドネシア人の日本語である。「関西空港へ向かわれるお客様、機体の整備により、予定の時刻に出発しません。今後は係員の指示に従って行動ください。」という内容だった。たった今友達を見届けたばかりなのに、友達はどうなるの?と焦りながらも、友達を空港から出すにはどうすればよいのか、などいろいろ考えた。
まずは友達が日本から携帯電話を持ってきていたので、とりあえずかけてみることにした。すると、友達も電源を入れてくれていたので、話す事ができ、空港の中の状況を聞いた。予定では午前1時に出発するはずだったけれど、朝11時に変更になったので、ホテルで今夜は休むように指示されたらしい。空港からは用意されたバスでみんな移動させられる。私はそれに付いて収容されたホテルに向かう。場所はヌサドゥア。空港からとても遠い。すでに時間は12時。300人近くの人がぞくぞく入ってきた。皆すでに疲れた顔をしている。すでに荷物を預けている人も居て、必要な人は空港を出る前に申し出ていたらしいがホテルには荷物は一切来ていない。出発時間が午前6時と言っている人もいるし、午前7時と言っている人もいる。ホテルマンの対応もあたふた。私が泊っているホテルの方が空港に近いので、友達は私と一緒に過ごしても良いと考えたが、空港へ行く時間などの正確な情報が一切ないので、別行動するわけにも行かず、次の情報が入るまで友達と一緒に居ることにした。すでに午前2時。結局、ホテルのロビーにはガルーダ航空の職員は姿を見せなかった。(インドネシアの問題がこういうところにあるのだと強く感じた。)
2010年11月6日(土)
友達からの話によると、午前5時に部屋に電話があり、レストランで朝食をとらされた。その場で、次の予定が知らされた。午後8時にホテルを出発。みんな指示に従って、またバスで空港へ。これで、無事に飛行機に乗れると思いきや、また、「機体の整備により」出発が午後4時に変更とのことで、またもや一旦ホテルに移動ささられることになった。
私はまたその情報を聞き、また別のホテルに向かう。またもやヌサドゥア。すでに皆怒る元気もなく、ロビーに座り込んでいる人もいた。皆文句の言える場所がないので、仕方なくいい加減な指示に従っているようだった。次の情報を待つしかない。一か八か、バリのガルーダ航空に電話をしてみたが、やはり通じなかった。とりあえず2時にロビーに集合という知らせが入ったので、それに従った。バスでホテルから空港へ。今回はとりあず、イミグレーションも通過して、空港の中へ入って行った。
私は飛行機が確実に離陸するまで空港に居ようと決めていた。
やはり午後4時には飛ばず、5時になっても6時になっても離陸しなかった。その間何度か空港の中に居る友達と話をして、「今度こそは、今度こそは、」と話っていた。乗客はすでに出国手続きを終えているようで、飛行機が飛ぶのを待つのみのようだ。しかしガルーダからは乗客の皆に夕食のサービスをする。そして、やっとやっと午後8時離陸。空港の外ではモニターに飛び立った意味を示す「Landing」と表示された。私はそれを何度も何度も確認した。
結局、18時間遅れで出発した事になる。
今回の問題は単に、最初から18時間遅れがわかっていれば、それなりの行動がとれたけれど、一斉に待機させ、細切れで空港を行ったり来たりさせたガルーダ航空は大問題だと思う。たまたま私の友達がこの事態に巻き込まれてしまったけれども、同じ飛行に乗る方々はそれぞれご事情があったようだ。どこまで保障されるのか。
日本に到着したら、日本ではガルーダの職員が出迎え、バスやホテルの用意がされていたらしい。友達は無事に家に帰った。
結局、その日から、関西空港とバリ島の間のフライトは1週間近く狂っていた。
私個人的にはガルーダ航空に頑張ってほしいと思っているのだれど。。。。
2日間ガルーダ航空の失態に振り回されて、友達との楽しい思い出が消えなければよいのだけれど、と思う。
空港で友達の乗った飛行機が確実に離陸した事を何度も確認して、空港を後にした。
ようやく、落ち着いて食事ができる。
夕食はJl. Seminyakにある「漁師」に行ってみた。
欧米人のお客さんで席は満員。みんなぎこちなくお箸を使っている。世界的に日本食は健康食と思われているのでしょうか。お造り、てんぷら、やきとり、巣の物、焼きおにぎり、いぞべ焼きまであった。日本の居酒屋と全く同じ。味もおいしかった。やはりバリ島。バリ島に居ると各国の料理がおいしく食べれる。
しかし、話題は、2日間のガルーダ航空の失態ばかりだった。
友達には、申し訳なく思う。